自分が愉しみ、人をも愉しませる仕事

060610
ここ最近「仕事」そのものの在り方を考える機会に恵まれている。

今。目の前に”好き”で憧れたからこそ、の仕事についている2人の人物がいる。

1人は”好き”でなった職業のはずなのに、毎日苦悩して溜息をついている。
で、口癖が「生活全ての充実感や愉しみを仕事に見つけなければならない。」という内容。
一生懸命さは伝わるものの、休日も仕事のことがメインな生活をしていて、毎日、辛そう、で見ていて痛い。

かたや、もう1人は、ちょっと見、テキトーな感じで仕事をしているように見えるのだけれど、次々と新しいことにチャレンジしながら、失敗しても落ち込む、どころか、なんだかワクワクと楽しそう、なのだ。
おまけに、休日は仕事以外の趣味をエンジョイ。
その話を楽しそう~に、色々、報告してくれる。

ものすごく対照的な2人。

仕事自体、どう捉え、どう考えるか、で、こうも違うのか、と思い知らされる。
”好き”であるからこそ、の仕事であっても、その仕事への取り組み方で、こんなにも変化がでてしまうのだ。

私自身は、仕事しはじめた頃。
仕事の概念は、辛く厳しい、けれどもそれをすることで”お金”が発生するので、耐えなければならないモノ、だと思っていた。
やりがい、なんて全くなく、サービス残業も「解雇」されないために受け入れるべきもの、だとも思っていた。

しかし、その後、様々な経験があって、世の中には「愉しんで」仕事をしている人がいることを知る。

とはいえ、それは、「ど~してもなりたかった」と云ってなることができた才能ある芸能人や作家等、一部の人だけの話だと信じていた。

けれども、どっこい、その後生きていく中で、実はそこらじゅうで見かける職種の中にも、「愉しんで」仕事をしていると豪語する人に何人か出会う。
いやいや、それでも尚且つ、それも、イヤ~~な仕事を無理矢理「愉しい」と自分で思い込もうとしてるんだろう、と疑念を抱いていた。

でもね、でもね、でもね。

実は、本当に「愉しんで」仕事してる、人。割といる、のだ。
お金のためだけじゃなく「自分が愉しみ」、人まで「愉しませて」仕事をしてる人が。

最初に戻る、が。
ワクワクと色々なことにチャレンジする彼、は、
近くにいて、色々見聞きする私自身までも、ワクワクしちゃう、のだ。

(ちなみに。上記の画像は、「自分も愉しむと同時に人を愉しませる」職種の一例。
ミュージカル俳優、パン職人、大道芸人、発砲スチールアーティスト等。)

自分自身で考えたとき。
「人を愉しませる」と被る、のかな、と思うのだけれど。

花屋のバイトをしていたとき、花を配達すると、物凄く嬉しそうに御礼をいい、私の車(配達車)が見えなくなるまで、ずーーーーっと頭を下げて見送ってくれた、おばあちゃん。
それをバックミラー越しに見たとき、「なんて素敵な商売なんだろう」と物凄く感激した、のを覚えている。


ある敬愛する造園家の先生の言葉に

「 ”面白くないが儲かる仕事” と ”愉しいが儲からない仕事” の選択で迷ったときは迷わず”愉しい”仕事を選択しなさい。」

というのがある。

恐らく、この言葉は絶対、だ。
今、ちょうど色々な選択肢のある中で、自分自身の「仕事」というものを考えるにふさわしい言葉ではないか、と思わずにはいられない。


「自分も人も愉しめる」仕事。
このキーワードは忘れずにいつまでも胸にしまっておきたい。